Golf Traveler! by Yoshinobu TSUKADA

QTというものを考える

初めてQTを通過してプロとしてトーナメントに出られるようになったのは94年のOptus Players Championshipというオーストラリアの試合だった。その前年には日本で初めてプロテストを受験していた。それからかれこれ20年経ったけれど、ほぼ毎年プロテストかQTでプレーしている。ツアープロとしてQTヘ行かずにトーナメントに出場できる権利を獲る方がもちろんいいのだけれど、結局アジアだヨーロッパだシード落としただといいながら毎年のようにどこかでQTをプレーしていた。QTは精神的にも追い込まれる部分もあり、何回受けても難しいと思う。しかし20年もQTへ通っていればもう慣れたかな。

その経験から少し話をしようと思う。いいか悪いかということではなくて、日本とヨーロッパやアジアのQTはかなり違う部分がある。一言でいうと日本はQTを受験と捉えている。そしてヨーロッパやアジアはQTもトーナメントの一つという認識で見ている気がする。これは僕が自分で経験して肌で感じたことである。

失敗の許されない受験と、上位に入ればツアーに昇格できるチャンスと思ってプレーするゴルフはまったく違うものになると思う。会場の雰囲気もまったく別物だ。重苦しい空気が漂う日本のQT。なかなか気安く「頑張って下さい!」と声なんかかけられない。応援する人間がいいスコアで上がってきても、声を出して喜ぶことも憚れる。そんな雰囲気の中でプレーしている。季節も悪いと思う。ツアーが終わった直後の12月であり、寒く天気が悪い日が続くことも多い。そんな中で明るくプレーなんて難しい注文だろう。

比べてアジアやヨーロッパは、QTもトーナメントという認識なのだと感じたのは、ギャラリーの観戦が許されているから。賞金の出るようなトーナメントではないから、丁寧に観戦用のロープなんて張られていないけれど、ギャラリーはプレーの邪魔にならなければ自由にコース内を歩いて観ることができる。去年初めてプレーしたヨーロピアンツアーQTは、そもそもがキャディーがいない。そしてキャディーを使わなくてもOK。選手は自分でキャディーを用意するか、もしくは手引きや電動カートで引っ張るかセルフでバッグを担ぐことになる。ビックリした!でも、それでいいんじゃないかと思う。QTヘくる選手の中にはホントにお金が奴もいる。そういう選手には「自分で担げ!」というのも優しさだと思う。キャディーを付けなければいけないというのは、危険回避という意味もあるだろうけれど、選手にとってホントに必要なことなのかどうか考えてみるべきかもしれない。キャディーがいない選手はハンディーじゃないかと思うかもしれないけれど、本来ゴルフは自分でプレーするもの。もしキャディーが必要なら、ちゃんと対価としてお金を払って納得のできるキャディーを雇うべきで、その判断と選択は選手が責任をもって決めることだと思う。まだアジアQTなどは、選手1人にキャディー1人が帯同するので、トーナメントらしいかっこはつくのだけれど、日本は1組に1人のキャディーがつく場合がある。その組に選手が自分で帯同するキャディーを連れていない場合は1人のキャディーが4人の選手の対応をする。これじゃ一般営業と同じではないだろうか?曲がりなりにもクオリファイング・トーナメント(QT)と名前がつけられたものがそういう形態をとってもいいのだろうか?諸事情があるのだろう。しかし、このままでいいとは個人的には思わないな。プロなのだからキャディーをシェアするくらいなら、自分自身でプレーするべきだと思う。いやさせるべきだと思う。

話は戻るけれど、ヨーロッパやアジアはギャラリーの観戦を許している。日本はQTを受験と捉えているので、部外者が現場に入ることを禁じているのだろう。もしかしたら不慮の事故の可能性を考えている為かもしれないけれど、本当のところは、不正が行われる可能性を考えて部外者のコース内への立ち入りを禁止しているのだと思う。実際にはギャラリーがそんな事をするとは思えないけれど、受験だと考えれば部外者が現場に立ち入ることは許されないのは当たり前だよね。

日本の様なQTももちろんフェアでいいと思う。ただプレーする選手達はプロ、もしくはプロになろうと思っている人間なのだから、QTも大事なトーナメントの一つとしてギャラリーの観戦を許してもいいのではと思う。ある意味トーナメントよりも真剣にプレーする選手の姿が観られるのがQTなのだから。またQTにはツアーよりも色々な背景を背負った人間がいると思う。それぞれに抱えた生活がありドラマがあると思う。TV放送は需要の問題で無理だとしても、観戦はしたい人がいると思うんだけどな…。エンターテイメントとしてのコンテンツとして魅力はあると思う。

先にも書いたけれど、日本のQTの雰囲気が悪くなる原因の一つに、ツアー終了直後に行われるというのがあると思う。欧米も同じ時期にQTが行われるのだけれど、欧米はツアーが年明けからすぐにスタートするということを考えれば、ツアー最終戦直後にQTをしているのではなく、ツアー初戦が始まる前にQTをしていると考えられる。旬の調子のいい選手をツアーに送り出すとことを念頭に考えているのだろう。日本は、ツアーでシード落ちをした選手が最終戦の翌週にQTで戦うことになる。一旦体勢を立て直す時間も、気持ちを入れ替える時間もない。当然シード落ちしたショックを引き摺ったまま戦うQTで上手くプレーできるはずもない。それがQTの雰囲気を暗くしている原因でもあると思う。そしてQT後にツアーが始まるまでに数ヶ月の時間をもうけるのはどういう理由なのだろうか。生きの良い旬な選手がツアーへでてこられるのだろうか。

日本ツアーの凋落が囁かれる今だからこそツアーに新しい血を入れる為に、QTの改革にも力を入れて欲しいと思う。QTはいわばツアーの入り口、玄関であるのだからツアーを支える人気や実力がある選手はQTを通過してくるわけで、ただ単にシード選手以外の出場枠を埋めるだけの存在ではない。来年からはシード枠の縮小からの影響でQTからのツアーへの出場枠にも変化がある。それはそれでツアー活性化を狙った改革で支持はする。願わくば、そこからさらに改革を進めてQTをする時期などの検討もして欲しい。日本国内での開幕が4月中旬になったのだから、QTも暖かくなった4月の初めにもっていき、調子のいい選手をツアーに送り込むということを考えてもいいのでは思う。

本来のQT(クオリファイング・トーナメント)の意義というのをもっと考えて欲しいと思う。

以上が僕が20年の経験から感じたことです。

[PR]
by yoshi_tsukada | 2014-01-11 14:02 | 雑談…